あらすじ。夜、僕は疲れ切ってるのにベンに捕まりました。
☆アダルトな発言があります。
「ベン、離してくれーー頼むから!」
冬一郎は無理やり身体をよじって、きつい抱擁を逃れた。ベンはキョトンとしている。本当はよく話し合うべきなのだろうが、冬一郎はほとほと疲れていて、話し合いはおろか少しも口をききたくないくらいだった。とはいえ、このまま黙って立ち去っては、ベンを傷つけてしまう。
「ごめん、そのーー僕、トイレ、行きたいんだ」
とっさにそうごまかして、冬一郎はその場を逃げだした。
実際トイレに入り、扉に鍵をかけて、仕方なく立て篭もる。
ああ。何やってんだ、僕。
便器の蓋に座って休みながら、冬一郎は深いため息をついた。自分の家なのに、ほっとできる空間がトイレだけって、どうしてなんだよ…
ドン。ドン。
扉を叩く音に、冬一郎は震え上がった。おい、まさか、やめてくれよ。後追いの子供でもあるまいに、トイレの前で、僕を待っていないでくれ!?
「冬一郎ちゃーん」ベンの呼びかける声。「大丈夫かい?お腹の調子が悪いの?」
「違うよ…」
冬一郎は頭を抱えた。
「僕は大丈夫だから、放っといて、くれってば…!」
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Leave me alone |
「冬一郎ちゃん、無理しないでいいよ。本当にさ。急に誘ったんだから、カラダの方の準備ができなくても、仕方ないよな」
何を勘違いしているのか、ベンは気遣いあふれる調子で延々喋りつづけている。ドアの前を離れてくれる気は、全く無いらしい。
「別に今夜じゃなくても俺はいいんだから、さ。あっ、そうだ、今度の土曜日さ、誰かにベビーシッター頼んで、デートしようよ。ずーっとしてないじゃないか、俺たち」
こうなったらもう、致し方ない。冬一郎はもう一度、深いため息をつくと、諦めてドアを開け、顔を出した。
「ベビーシッターって、何だよ」
冬一郎は聞いた。
「まさか、ミカさんやマリさんに頼む気じゃ、ないだろうな。やめてくれよ。僕らが男同士でデートしてるところなんて、ストレート(=性的指向が異性)の2人にとったら、聞いただけで吐き気を催すような事に違いないんだから」
「あはははは、そうかもね」
ベンは怯むことなくカラッと笑った。
「じゃあどこか有料のシッターを頼もうよ。アメリカじゃ一般的だよ。日本だって似たようなサービスくらいあると思うから、ネットか何かで調べてくれよ」
「どうして僕なんだよ」
冬一郎はいよいよ疲れて、むっとした。全く乗り気でないのに、余計な仕事まで増えるとは。
「デートを申し込んできたのは君だろ、ベン。君が調べろよ…」
「意地悪言うなよ、どうせどのサービスも日本語なんだから、君が手配してくれた方が10倍早いだろ?2人のデートだよ、協力してくれなくちゃあ」
「分かったよ…」
冬一郎は渋々承諾した。その時、寝室からぎゃーっというロンの泣き声がし、冬一郎の貴重な自由時間は終わったのだった。
翌日。
冬一郎は会社の昼休みを使って、ベンとの約束通り、信頼できそうなベビーシッター業者や地域のファミリーサポート制度などを色々調べ、結果、いつもとは違う保育園の土曜日一時保育に頼むことにした。子供を預ける、しかも、仕事以外の理由で預ける、というのは、実はなかなか難儀なことだ。日本語が拙い外国人がこれをやろうとしたら、確かにベンのいうとおり、さらに何十倍も骨が折れるに違いない。
「じゃあお願いします」
やっと予約を取り、電話を切ってホッとした後で、冬一郎はふと気がついた。
あ。
次の土曜日ってーー。
しまった。
僕、あのラジャさんという人に、料理を習う約束、してたんだった!