特別で健康的な料理、その1

2020/09/18

チーズフォンデュクラブストーリー

特別で健康的な料理とは?

 

数日前のことである。冬一郎は、2人の新しい友人と出会った。

1人は、児童館で先生に紹介してもらったナタリアさんという元気な女性。もう1人は、少しミステリアスな雰囲気を持つ男性で、ラジャと名乗った。両人ともにアメリカ人である。

駅前のスターバックスで、出会ったばかりの2人と、冬一郎はお茶を飲んだ。実はベンとミカエルも少しの間いたのだが、ベンが眠いと言い出してすぐに帰ってしまったのだ。

「お名前は、冬一郎君、でしたか」

急に自分に会話の矛先が向いて、冬一郎はぎくりとした。冬一郎は、初対面の人間と会話するのは得意ではない。英語を使わねばならないとなると、尚更、萎縮してしまう。相手の目を見るのも恥ずかしくて、なんとなく下を向いてしまうくらいだ。ラジャはそんな冬一郎を観察するようにじっくり眺めた後、ふと微笑んだ。

「そう怖がらないでください。ベン君は誤解していたようですが、私はただ、君にお礼がしたいだけですよ。可愛い妻と子供を、卑しい酔っ払いどもの手から救っていただいたのですからね。とても感謝しているのです」

「いや、お礼なんて結構です…」冬一郎は遠慮してすぐさま断った。「僕は、本当に、大したことはしてませんから」

「まあ、そう言わずに!何か私が、君の役に立てる事はありませんか?」

「あー、じゃあ、料理教えてもらえば?」

言ったのはナタリアだった。

「あんたさ、アメリカ料理知りたいんでしょ?」

「え?ええーーあれ、なんで、知ってるんですか?」

冬一郎が驚いて顔を上げると、ナタリアはくすくすおかしそうに笑った。

「だって、さっきベンが思いっきり嘆いてたじゃない。『アメリカ料理をマスターするんだ』とか自分で宣言したくせに、冬一郎は話をぜんっぜん聞いてくれなくて、だから未だに基本のきすら分かってない、って」

う…ベンのやつ、そんなこと、言ってたか?僕のことをいろいろ愚痴ってるなあ、とは思ったけれど、ネイティブスピーカーの会話についてくのに脳味噌が疲れて、ぼんやりとしか聞いていなかったからな。それにしても、ひどいことを言うなあ。

「ほほう、面白い。それは面白い」ラジャが顔を少し輝かせて答えた。

「君は料理をするんですか、冬一郎君!」

「はい。料理は、大好きです」

「素晴らしい。日本の男性はあまり料理をしないと聞いていましたからね。ところで、君がベン君の話を聞かない、というのは、これはなぜなのですか?」

「聞かないわけじゃ、ないです」冬一郎はとっさに弁解した。

「僕はただーー彼の料理の、バターやチーズの量が気になるだけです。ベンは、アメリカ料理の基本というのは、『カロリーを気にしないこと』だっていうんですけど、僕にはそんなことできません。アメリカ料理は作りたいけれど、家族の健康を考えて、ちゃんと体に良いものを作りたいんです」

ふむ、とラジャは、あごをさすった。

「なるほど。わかりましたーーそれでは君に、この私が、特別スペシャルで健康的な料理を教えて差し上げましょう」

「えっ」

冬一郎はまたも驚いた。スペシャルで健康的な料理?そんなものが、アメリカにあるのだろうか。

俄然興味が湧いてきた冬一郎の様子をみて、ラジャはふふふと満足げに微笑んだ。

「乗り気になってくれたようですね!実は私も、料理には少々こだわりがあるのですよ。どうです、先日のお礼がわりに、レシピを分けて差し上げますから、私の家においでなさいーーそうだな、申し訳ないが仕事が立て込んでいるので、来週の土曜日ということで、どうです?」

冬一郎は、喜んで承諾した。

それなのに、ついその予定を忘れて、同じ日にベンとデートする約束をしてしまったのである。

 

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