特別で健康的な料理、その2

2020/09/19

チーズフォンデュクラブストーリー

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悪かったってば


 ☆少々アダルトな発言等が含まれます


ベンは機嫌が悪かった。

土曜の予定をダブルブッキングした冬一郎が、自分とのデートの約束の方を後回しにしようとしているからである。

「すねるなよ、ベン。相手はこの間知り合ったばかりの人だしさ、いきなり失礼はしたくないんだよ。ベビーシッター手配したりして働いたのは僕なんだから、別にいいだろ?」

「そんなの関係あるもんか。俺は、楽しみにしてたんだよ!」

夜、冬一郎は事情を説明しようとしたのだが、やや思いやりに欠ける言い方をしたのもあり、ベンを余計に怒らせてしまった。冬一郎は慌ててなだめようとした。

「分かったよ。本当に、ごめん。また次の土曜に延期してくれよ。な?」

「いやだ」ベンは子供っぽくむくれた。

「俺だって頑張って予定を空けたんだ。本当は仕事が入ってたのを、ずらしたんだ。俺たち、もっと2人の時間を大事にしようって話をしたところだろう?君が俺との約束を優先して、タバスコ野郎の方を延期すべきだ」

タバスコ野郎、とはラジャの事だ。冬一郎は理由を知らないのだが、ベンはラジャのことを嫌って、そう呼ぶのだ。

「僕が悪かったよ」冬一郎は仕方なく、猫撫で声を出して説得にかかった。

「でもさ、これは君の為でもあるだろ。ラジャさんは、君が今頑張ってるプロジェクトの、スポンサー側の人だって言ってたじゃないか。やっぱり失礼をしたらまずいよ。どうせ、初めて上がる家に、長居なんてしないよ。レシピをもらうだけさ。すぐ終わらせて帰ってくるから、そしたらーー」

「そしたら?」ベンが仏頂面で聞き返した。冬一郎はちょっと迷ったが、恥ずかしいのをぐっと我慢して、申し出た。

「そしたらその。2人で、そのーー何というか、スキンシップ、とろうよ。昨日の夜は断ったりして、悪かったから」

ベンの顔からすうと険しさが消え失せ、代わりに、少しはにかんだ笑顔が虹のように現れた。あっという間に機嫌を直したようだ。こういうところだけ、彼はいやに素直で分かりやすい。

「冬一郎ちゃんがそういうこと言ってくれるの、久しぶりだね。分かった、じゃあ今度こそ、約束だからな」

 

土曜日。

冬一郎はロンを一時保育に預け、1人、ラジャの宅へと向かった。家を出る時、ベンも一緒に来たらどうか、と誘ったが、彼は首を横に振った。

「またチェスを挑まれたら面倒だから嫌なんだ。君も、チェスの話をされたら、逃げろよ。君じゃあとても敵わない相手だからな」

敵わないも何も、冬一郎はチェスのルールすらよく知らない。将棋なら、分かるが。

「ところで冬一郎ちゃん。タバスコ野郎は、結局、君に何の用なんだっけ?」

「何度も言ってるだろ…、特別健康的なアメリカ料理のレシピを、分けてくれるんだってさ」

玄関で座って靴を履きながら冬一郎は答えた。「君の料理は、バターの量が死ぬほど多くて真似できないって話を、僕がしたのさ。基本のきがわかってなくて、悪かったな」

「健康的な料理?ふん、面白いね」

ベンはひどく面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「バターを使わないアメリカ料理なんて、ダシを使わない和食みたいなもんさ。おおかた、ラジャはヴィーガン(ベジタリアンの一種)か何かなんだろ。この間の接待の時だって、あの今いちパッとしない日本料理を、やたらうまそうに食べてたしな」

「懐石料理のことか?高いんだぞ」

冬一郎は笑った。

「じゃあ、出来るだけ早く帰るから」

「うん」

立ち上がった冬一郎に、ベンはアメリカ人らしく別れ際のハグを求めてきた。ついでに頰に軽くキスして、

「約束、忘れないでくれよな」と念を押した。

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