特別で健康的な料理、その3

2020/09/20

チーズフォンデュクラブストーリー

ラジャの宅というのは、電車で一駅降ったところにあった。

いつもロンを抱っこやベビーカーで連れて行動するのに慣れてしまって、休日なのに1人で電車に乗ると、妙に体が軽いと言うか、スカスカした感じが冬一郎にはした。

教えてもらった住所に着くと、こじんまりした洒落た一軒家である。呼び鈴は鳴らさず、玄関前で電話をかける。赤ちゃんが昼寝中である場合を考え、子供の(というか、親の)貴重な休憩時間を妨げないように、と配慮したのであるが、今回その必要はなかったようだーー冬一郎がスマホをまだ取り出さないうちに扉がバン!と勢いよく開き、エプロン姿のラジャが出迎えたのだ。

ウェルカム

「ようこそ、カラテニンジャ!待っていましたよ」

「こ、こんにちは」

冬一郎は面食らってどもった。「えっと…お待たせ、しました?」

「ははは、驚かせてしまったようですね」ラジャは快活に笑った。

「なぜ来るタイミングがわかったか、疑問ですか?なにね。息子の昼寝中に宅急便や不要な来客が呼び鈴を鳴らすのを、妻がとても嫌がりましてね。そこでベルは外してしまい、代わりにセンサーを設置して、人が来ると室内にあるモニターがピカピカ光るようにしたのですよ。妻は大変喜んでくれましたよ」

すごい愛妻家だなあ…と感心する冬一郎を、次なるサプライズが襲った。
一歩室内に入ると、頭をぶん殴るかのような、強烈な匂いが押し寄せてきたのである。ついぞ嗅いだことのないような空気に、冬一郎はむせかえった。

 「ラジャさん、この匂いはーー」

「おや、気が付きましたか」

ラジャはニヤリとした。気がつくも何も、これを感じないようでは、鼻がどうかしているに違いない。まるでどこか、遠い異国の市場の路地裏にでも迷い込んだか、というような、ごったな香辛料の香り。

「私はインド系の2世でしてね」

廊下を進みながらラジャが言った。

「両親共にインドから来たとはいえ、私自身は生まれも育ちもアメリカですから、インドのことは、実はほとんど知りません。現地へは、最近初めて一度行ったのですが、それのみです。若い頃は仲間とピザばかり食べて、インド料理など、ついぞ興味がなかったのですがーーしかし、今さらながら、亡き母が作ってくれたあの味に勝るものはない、と気が付きましてねえ」

「カレー、ですね」
冬一郎が言うと、ラジャは満足そうにうなずいた。

「そう、カレー!カレーですよ!カレーは最高に健康的で美味しい料理です!」

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