第0.5回クラブミーティング、その1(またはカレーを食べよう、その6)

2020/10/22

チーズフォンデュクラブストーリー

カレーを食べよう

たっぷりよそわれたカレーの皿を目の前に、冬一郎は窮していた。ナタリアが、となりでふーふー汗をかきながらカレーを食べている。

「うーん、最高よ!冬一郎、何ぼーっとしてんのよ、食べなさいよ?」

「あのう、僕」冬一郎は我慢強く繰り返した。「本当に申し訳ないんですが、そろそろ帰らないとーー」

「なに言ってんのよ、諦めなさい」とナタリア。「目薬の刑にならなかっただけ、感謝するところよ。ゆずちゃんをお姫様抱っこして玄関に向かってたって、どういう事?連れ去る気?あんた本当にクレイジーな奴ね」

「連れ去る訳、ないじゃないですか!」冬一郎は赤くなって呻いた。「誤解です。ーーゆずさん、お願いだから、2人に何か言ってください」

ゆずは、向かいの席に座って、やはりふーふーとカレーを食べていた。

「おいしいです、今日のカレー」彼女がもぐもぐ日本語で言った。「いつもよりマイルドです。いつもこれくらいだと食べやすいです」

冬一郎はがっくりうなだれた。スプーンに映った自分の顔は少し泣きそうであった。ラジャの新婚の奥さんを、玄関前で腕に抱きしめていたのは事実だが、やましい気持ちなんてこれっぽっちもないのだ。あるわけがない。しかし困ったことに、きっと自分を弁護してくれると思ったゆずが何も言わず、ラジャにもナタリアにも全く事態を説明してくれないのだった。

「今日は、お客さんのために、唐辛子を減らしました」と、ラジャがなかなか達者な発音の日本語で言った。「おいしいですか?」

「はい」とゆず。

「それはよかったです」とラジャは優しく答えた。そして冬一郎に向かって英語で、

「さあ、冬一郎君、君もたくさん召し上がってください」と微笑みかけた。

「ラジャさん、僕は本当に、そのーーさっきは猫につまづきそうだったのでーー」

「ええ、ええ、分かっていますよ。そんな事より、チキンカレーが冷めてしまいますから、美味しいうちにお上がりなさい。君はさっきから帰る帰るとおっしゃるが、一体そんなに急いで、どんなご用事があるっていうんです?」

「それは。えっとーー」

冬一郎は答えに詰まった。ベンとデートしたいから、なんて、恥ずかしくてとても言えない。ラジャは再びにっこりして、

「まあ、何であれ、お昼ご飯を食べる暇もないなんてことはないでしょう?それとも、何かな。このカレーを食べたくない、ということですか?」

「とんでもない。僕はーー」

言いかけて、冬一郎はついに諦めた。「もちろん、いただきます」

冬一郎はスプーンを握って、ひとくち口に運んだ。なるほど、素晴らしくおいしいカレーであった。舌に広がるチキンのうまみとヨーグルトの程よい酸味、得も言われぬスパイスのハーモニー、そしてーー次の瞬間、とんでもない辛みが鼻から脳天に駆け上った。

急いで水を飲んだが、余計に辛みが増したかのようだった。さっきから泣きそうだったところへ強烈なパンチをお見舞いされて、涙が頬へこぼれかけた。ーーこれでいつもよりマイルドって、本当なのか!

袖で汗を拭くふりをして涙を拭いつつ、女性たちの様子を伺ったが、ナタリアもゆずも平気な顔で食べている。ここで辛いと音をあげるのは恥ずかしい気がして、冬一郎は意を決して二口目を食べた。三口、四口。うう、美味しい、でも辛すぎる。舌がヒリヒリして痛い。それでも食べないと失礼だし、これ以上、恥をかきたく、ないし…。

「それでさ、冬一郎」ナタリアが食べながら話しかけてきた。

「あんた、パート的にはテナーよね?」

「は…はい?」

「あんたの声、高いわよね。ちょっと女の子みたい」

「何ですか、いきなり」冬一郎は再び水を飲んで、涙を拭った。

「声が高いって言わないでください。それ、僕のコンプレックスなんですから」

「あら、そうなの?なぜ?いい声だと思うわ。私は好きよ」

「はあ、ありがとうございます」辛い、辛い。

「でもさ、絶対欲しいのは、低音のバスなのよね。あんた、だれか勧誘してきてくれない?声の低い子。ベンでもいいけど、でもほら、あの子はどう?あの背のすごい高いブロンドの子!超セクシーな低い声してたわよね」

「背が高いって…ミカさんのことですか?」

冬一郎はなぜか胃に鋭い痛みと不快感を覚えた。ミカさんはそりゃ、声だって何だって最高に素敵だけど、彼に向かって勝手にセクシーだなんて、不躾なこと言わないでほしい、彼は僕のーー

ーーうん?僕の…何だ?

「ミカ君ていうの?彼は絶対、メンバーに入れたいわ。あんた、もし仲いいなら、今度誘ってきてよ」

「誘うって…一体、何にです?」

「私たちのクラブよ!決まってんでしょ?」

ナタリアは冬一郎を肘で小突いた。胃酸が揺れて、冬一郎はうっとうめいた。辛さで意識が朦朧としながらも、冬一郎は一生懸命、考えようとした。ナタリアが何の話をしているのか、本当によく分からない。僕の声の話、コンプレックス、バスが何たら、そしてミカさんがセクシーだという話…いや違ったか?えっと…クラブって何だ?

「ナタリアさん、クラブの活動場所などはもう決めたのですか?」ラジャが言った。

「合唱するのであれば、それなりに音響設備のある所を確保したいものですよね」

「場所より何より、人数をまず揃えないとならないのよ。今のところ、候補はアリスとゆずちゃん、それにこの冬一郎の3人だけなんだもの」

「私もカウントしていただいて結構ですよ」ラジャはにっこりとした。「仕事が忙しいので、あまり貢献はできないかもしれませんがね」

ここまで聞いた時点で、冬一郎はふと思いだした。そういえば、僕、ナタリアさんの『ママさん合唱クラブ』に入るような話に、なってたんだっけ?

「ベン君とミカエル君の2人をお誘いするというのは、私も大賛成ですね。実は私は、ベン君ともっと仲良くなりたいのですよ。彼は才能があって実に頭が切れる。けれども不幸なことに誤解があって、彼には少し嫌われているようなのです。それから私は、あのミカエル君にもとても興味があります。ベン君のチームメイトと仰っていたが、非常に面白い方だ。そういえば彼はあの時たしか、シナモンロールを手作りすると話してもいましたね。料理が得意なのでしょうか」

「あーっ、そうよ、シナモンロール!」ナタリアが叫んだ。「あたしもすっごい食べたかったのに、ミカ君、あのままベンと一緒にすぐ帰っちゃって、それきりだもん。あんたは食べたの?ねえ、冬一郎」

シナモンロール。あの日ミカさんがベンのために焼いて持ってきてくれた甘い甘い匂いの菓子パンは、手のひらくらい大きくて、くるりと可愛く巻いていてふわふわで、そのパン生地をほとんど覆い尽くすくらいに、真っ白い砂糖のグレーズが分厚くかけてあってーー今のカレーの激辛の渦の中にあって、対極に位置するようなど甘さを思い出し、冬一郎の頭は余計に混乱した。

「冬一郎?ねえ、食べたの?冬一郎ったら」

だ、ダメだ。僕、気分悪くなってきた。

「樋口さん…、大丈夫、ですか?」

向かいの席のゆずが日本語で聞いた。「お顔の色が、とっても悪いです」

「ゆずさん、僕」冬一郎は自分が日本語を使っているのか英語を使っているのかも分からないくらいだった。「僕、その、失礼します。ごめんなさい」

椅子を引いて立ち上がった瞬間めまいがして、冬一郎は2、3歩歩いてから、床に崩れるように倒れた。

女性たちの悲鳴が、やたら遠くに聞こえた。

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