カレーを作ろう、その2(スパイスの話)

2020/10/03

チーズフォンデュクラブストーリー

 「君はスパイスには詳しいですか?」

ラジャの質問に、冬一郎は首を振った。

「いえ。初めて見るようなものばかりです」

「でも、さすがにこれはご存知でしょう?」

ラジャは、台に並んだ数々の香辛料の中から、茶色い小枝のようなものを選んで、冬一郎に差し出した。

「粉状にしてある方がお馴染みかな。匂いをかけば分かりますよ」

冬一郎が小枝を鼻に近づけると、ふわりと、確かによく知っている匂いがした。ミカエルの、エッペルパイ(スウェーデン風アップルパイ)の香りである。

「あっ、シナモン、ですね」

冬一郎は思わず笑顔になった。

「甘くていい匂いだ。大好きです」

「その通り、ガラムマサラ(インドの家庭で作られるミックススパイス)の重要な材料です。では、これは?」

今度ラジャが選んだのは、緑色の種である。彼は種を軽くつぶして小皿に入れ、冬一郎の顔の前に持っていった。すると、シナモンと同じくらい甘くて、すっと爽やかな匂いがする。これも、どこかでーーそうだ、やはりミカエルのキッチンで、かいだような、気が…。

「カルダモンといいます。これもインド料理の最も重要なスパイスの一つ。どうです、華やかなのに、心落ち着く素敵な香りでしょう」

「ええ、本当に」冬一郎は皿を受け取ると、深呼吸して、胸いっぱい吸い込んだ。ああ、間違いない、これ、ミカさんの香り、だ…。

「次はコリアンダー。これも本当によく使いますね」ラジャはさっさと次のスパイスに移った。「カレーのとろみは小麦粉ではなくコリアンダーでつけるのですよ。ああ、そして、何と言っても、これ!アサフェテイダ、またはヒングといいます。ぜひ、試してごらんなさい」

ラジャは小さな白い瓶の蓋を開けると、冬一郎の手からカルダモンの小皿を取り上げ、代わりに持たせた。途端に、冬一郎の鼻を、恐ろしい悪臭が襲った。

ミカエルを思わせる甘い香りが、急に、ニンニクとトイレと腐った生ゴミを混ぜたような、最悪の臭いに取って代わったのである。冬一郎は天国から地獄に突き落とされて、思わずうっと苦しく呻き、小瓶を落としそうになった。

「おっと!気をつけて。こぼすと大変ですよ、アサフェテイダは」

ラジャは冬一郎の泣きそうな顔を見て、はっはと楽しげに笑った。

「ひどい臭いでしょう!悪魔のクソーー失礼ーーなどという異名があるくらいです。でもね、これを油で炒めると、不思議なことに、とても香ばしい匂いに変化するのですよ!お次はターメリックです。カレーの鮮やかな黄色は主にこのスパイスがーー」

悪魔のくそという異名があるくらいです
悪魔のくそーー失礼ーーという異名があるくらいです

ラジャの話は延々と続いていたが、冬一郎にはアサフェテイダのショックが大きすぎて、よく頭に入って来なかった。できることなら、今すぐミカエルのキッチンに飛んで逃げて、シナモンとカルダモン、そしてディルの、甘く優しい香りだけに包まれたい…。

しかし、鼻先には、ラジャの手からガツンと強いスパイスが次から次へと差し出される。黒クミン、唐辛子、メティ(フェヌグリーク)、聞いたこともない謎のスパイスの数々。

何やらもう、料理を始める前から、カレーで胸とお腹がいっぱいであった。



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