☆昨日のケチャップパスタに関連する過去記事(2020年2月)をリライトして再投稿します。
あらすじ。ある夜、ベンがベイクト・ズィティを作ってくれました。電話でイタリア人のマリさんとスウェーデン人のミカさんの二人を呼び出したので賑やかになりました。
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ちなみにマリさんがやっているのはイタリアのジェスチャーで、「お前はクレイジーだ」の意味です。相手を侮辱しますから真似しないように。 |
「冬一郎、言っとくがこれはイタリア料理ではないからな」
思った通り、マリオは念を押してきた。テーブルの真ん中には、ベンがオーブンから出した焼きたてのベイクト・ズィティがどんと置かれて、美味しそうな湯気を立てていた。既に夜もとっぷり深けて、ロンは別室で眠っている。
「ええ、マリさん。これはイタリアンアメリカンーーアメリカ料理ですよね」
冬一郎は少し困って答えつつ食器を配った。マリオはさっそく、取り分け用のスプーンで自分の皿を大盛りにしながら、
「そうだ!頭のいかれたアメリカ人どもめ、スパゲティにミートボール入れたりだの、何にでもガーリック入れて、その上瓶詰めソースを使ったりだの…」
「文句があるなら、わざわざ食いに来るな、このイタ公」
ミカエルが辛辣な調子でマリオを遮った。彼も自分の皿にズィティを大量に盛りつけ、ベンの皿にも同じだけよそった。マリオは全く怯まず、「あとな、冬一郎」と、ミカエルの方を指差しながら冬一郎に、
「このヴァイキング(北欧の海賊)の大男が、近ごろお前に料理を教えてるらしいが、悪い事は言わねえからやめておけ!まあ、どうしてもってんなら仕方ねえが、いいか、パスタだけは、絶対に習うなよ。お前もさっき見たろうが?この舌のおかしなスウェーデン野郎がパスタに犯した、信じがたい悪をーー」
「ほっとけ」
マリオが言っているのは、先程ミカエルが作った、「料理」のことである。
本日のメインシェフであるベンは、呆れるほどのんびりしているので、ベイクト・ズィティの出来上がりを待つと、真夜中になることが分かっていた。既に腹ぺこだった冬一郎がポテトチップスの袋を開けようとすると、ベンを手伝ってパスタを茹でていたミカエルが、少量を別皿にとり、おもむろにケチャップをかけて、冬一郎に差し出してくれたのである。冬一郎は少しびっくりしたものの、ありがたく受け取った。けして美味しそうではなかったが、ミカエルが自分に示してくれた親身な行動が、とても嬉しかったのだ。
ところが、いざ食べようとフォークを握ると、マリオが後ろにやってきて、
「こらあ!何食おうとしてやがる!」
と、恐怖に駆られたように大声で叫ぶや、ケチャップパスタの皿を冬一郎から取り上げてしまったのだ。彼は、ミカエルに向かって、身振り手振りで怒りを示しながら、
「ミカエル、てめえ!何度言えば、パスタへの冒涜を止めやがるんだ?!イタリアのおばあちゃんがみたら心臓発作起こして死ぬレベルだぞ、この殺人者が!」
「なんだイタ公、文句があるのか」
ミカエルは皿を取り返すと、再びケチャップのフタをあけて、ことさら盛大にかけてみせた。
「スウェーデンでは子供から大人までみんな大好きな料理だぜ。腹が減ってるならつべこべ言わずに食え!」
「犯罪だ!信じがたい悪だ!見ていられないぜ!」
キッチンでいがみ合い始めた2人に、冬一郎はどうしてよいものか分からず、「あんまり騒がないでください、ロンが起きちゃうから…」とおどおどするばかりだった。ベンは全く気にする様子なく、1人楽しげにオーブンの様子を眺めている。
そうこうするうちにズィティが焼き上がり、テーブルについて皆で食べ始めた後も、ミカエルとマリオの言い争いはなお続いた。ベンは、というと、やはり介入するつもりはないようで、一人にこにことパスタを頬張っている。
冬一郎はベンに、こっそり耳打ちしてたずねた。
「あのさ。2人とも君の親友なんだろ、止めなくていいのか?」
「止めるって、何を?」
「ミカさんとマリさんの喧嘩だよ…。罵り合って、仲悪いみたいじゃないか」
「仲悪い?あはは、まさか」
ベンは軽く笑い飛ばした。
「2人とも、とーっても仲良しだよ。言いたいこと何でも言いあえるのは、親友の証拠さ」
「…それなら、いいけど」
冬一郎はあまり納得しなかったが、とりあえず黙ることにした。腹が空いて死にそうだったし、うかうかしていると、ベイクト・ズィティが無くなってしまいそうだったからだ。たっぷり糸を引くチーズを自分の皿に運ぶのに苦戦する間にも、他の三人の皿は、みるみる空になっていく。熱いのをふーふーと急いでふいて口に入れれば、手作りのトマトソースと、パルメザン、リコッタ、モッツアレラの三種のチーズがパスタに絡まりあい、おいしいこと、この上ない。時計の針は真夜中だ。こんな時間に高カロリーのアメリカ料理を囲んでガツガツ食べながら、やや訛りの入った早い英語で繰り広げられる口論に耳を傾け、
ーー僕は恵まれてるな、と、冬一郎はふと思った。