ミカエルのミートボールはいつもにましてやわらかく作られていたが、冬一郎はうまく飲み込むことができなかった。
好物のなめらかなマッシュポテトさえ胸につかえて、むせてばかりいると、ミカエルがとても心配してくれた。
「どうしたんだ…。本当に体が弱ってるんだな。固形の料理は、ダメなのか。食って栄養とらないとまた倒れちまうぜ、スープか、粥でも作ってやろうか」
冬一郎は元気なく首を振った。ベンは知らん顔してミートボールをムシャムシャ頬張っている。
ミカエルは2人の様子を見比べて困惑し、諦めたようにフォークを置いた。
「ーー喧嘩したのか。俺がちょっと料理の下準備して戻ってくる間に、一体、何があったんだ。頼むから教えてくれ」
「なにね」ベンが冷たい調子で言った。
「冬一郎ちゃんが、今日会った女と、不倫騒ぎを起こそうとしてるのさ」
「するもんか!馬鹿言わないでくれ」冬一郎は即座に遮った。
「僕はそんなつもり全く無いって、何度も言ってるだろ?」
「ふうん、そんなつもりがないんなら」と、ベン。
「なぜ、彼女の電話番号を大事そうに何度も見てるんだよ?」
「それは、だからーー」
冬一郎はため息をつき、手で弄んでいた紙のメモを、テーブルの上に置いた。ミカエルはちらとそちらを見やると、再びフォークを取って食べ始めた。
「ーーやれやれ、馬鹿だな、冬一郎。さっさと破り捨てちまえよ、そんなもの。俺にも連絡先を聞いてきたぜ。あんなホワイトガール、気にするだけ損だぜ」
「ホワイトガール(白人女)?…一体、誰のことです?」
冬一郎は驚いて顔をしかめた。今日会った女性に、白人などいない。ゆずは日本人だし、ナタリアは褐色の肌をしたヒスパニックである。第一、ミカさんが他人の肌の色のことをどうこう言うなんてーー。
ミカエルは眉を上げ、うん、とちょっとだけ咳払いした。
「ああ…言葉が良くなかったな。単に、スタバにたむろしてるミーハーな女、と言う意味だ。人種は特に意味しないぜ」
「ナッちゃんが、ミカちゃんの番号を聞いてきたのかい?」
ベンが訊ねた。ミカエルがうなずくと、ベンは少し面白そうに、
「で、教えたのかい?」
「まさか。興味ないぜ。しかし冬一郎にも声かけてたとは、彼女、手当たり次第だな」
「やめてください。2人とも、ナタリアさんに失礼だよ!」
冬一郎はすっかり気分が悪くなって、頬を赤くして怒った。
「ミカさん。ナタリアさんは、合唱クラブを作りたがってるんですよ。連絡先を聞いたとしたら、クラブに入って、歌ってほしいからです。それ以外の目的なんかないですよ。彼女は既婚なんですし、変な勘違いしないでください」
「ふうん、そうか。そりゃ悪かったぜ」
ミカエルは軽く謝り、食事を続けた。
「だが、そんならお前は、何を困っているんだ?合唱云々で、飯が食えないくらい思い悩むことがあるのか?」
「ナッちゃんじゃないのさ」ベンが答えた。
「ラジャの日本人の妻の方だよ。ゆずという名前だそうだ」
「はん…そりゃたしかに、少し意外だが」
「意外ってだけじゃ、ないんです。ミカさん、これを読んでみてください。ーーベン、君も変にへそ曲げてないで、お願いだからちゃんと読んでくれよ」
冬一郎はすがるような気持ちで、ミカエルの方にメモを差し出した。ミカエルとベンは互いに少し顔を見合わせると、真面目な面持ちになって、頭を寄せてゆずの手書きの文字を見つめ、じっくり時間をかけて、読んだ。
「うん…。日本語だから、俺にはいまいちニュアンスが分からないが」しばらくしてミカエルが考え込むように言った。
「しかしーー『助けて』、と書いてあるな」