「最後の一台が気に入ったな。やっぱりベッドは大きくないとダメだね。脚も、高くないと通気が悪い」
「ああ。寄り掛かりやすいヘッドボードがついているのもポイントだな」
IKEAのレストランの窓際のソファに並んで座り、ゆったりコーヒーを飲みながら、ベンとミカエルはベッドの良し悪しについて討論している。
2人は、冬一郎に無理やり揺り起こされ、引っ張られるようにして、ここに連れて来られたのである。でなければ、まだ寝室のエリアで、仲良く昼寝を続けていたであろう。
冬一郎がミカエルに会ったのは、たしかその日でまだ3回めくらいであった。
彼がそれまで冬一郎に与えていた印象は、はっきり言って、あまり良いものではなかった。
初対面の時は、謎のジョークを突然浴びせられて、冬一郎は反応することができず、やれやれという風に肩をすくめられて終わった(ジョークは、ベンとマリオには大受けしていた)。
2回目にベンが親友だと紹介してくれた時は、ミカエルは終始ぶすっと黙って、ろくに口をきいてもくれなかった。
極め付けに今日は、ベンの奇行をさらに助長するかのように、ベンと同じベッドで横になって寝ていたのである。まったく、なんと風変わりな大男であろうか。
「しかしさ、まさかミカちゃんと偶然会うなんてね」と、ベンが楽しげに言った。
「まあ、君が時々IKEAに通うのは知ってたけどさ。どうしたんだい、またホームシックにかかったの?」
「ホームシックってほどじゃないが」と、ミカエル。
「一人で料理するのが面倒な時、たまに来るのさ。食べなれたスウェーデンの味だし、安いし、気楽なんだ。君がマクドナルドに行くようなものだろう、ベン」
「グローバルチェーン店、万歳、だね。資本主義は最高だな」
2人は声をたてて笑ったが、冬一郎には全然面白いと思われなかった。海外経験があるわけでもなく、ベンと付き合い始めてまだ数ヶ月の冬一郎には、この奇妙な外国人たちと自分が同じ席に座っていること自体、つくづく不思議にさえ感じられた。
どうしてこうなったんだっけ。なぜ僕は、ここにいるんだろう。
「お腹空いたな、みんなの分も食べるもの適当に買ってくるよ」とベンが言い、席を立った。このレストランはカフェテリア式で、食べ物はカウンターで買い、自分でテーブルまで運ぶのである。冬一郎も、ベンと一緒に行こうかと思ったのだが、タイミングを逃し、立ち上がりかけたものの取り残されて、仕方なく座り直した。
ミカエルはそっぽ向いてコーヒーを飲んでいる。
えっと…。何か、会話しないとな。
「あ、あの、僕はIKEAは初めてなんですけど。なんていうか、面白いお店ですね」
冬一郎は生来、人見知りである。英語ができるのは単に、英単語を黙々と覚えて洋書を読むという暗い趣味を持っているからで、人とのコミュニケーションは日本語でさえ苦手だ。
居心地の悪さをなんとか和らげたくて、馴染まない相手に頑張って話しかけてはみたが、なんだか、独り言みたいになってしまった。
「その。一つ一つの家具のサイズが、少し大きい気がします。北欧規格なのかな。お店自体も、巨大な倉庫のようだし、展示ルームはまるで迷路みたいですね」
ミカエルは聞こえているのかいないのか、こちらを無視してコーヒーを飲み続けている。
やっぱり愛想悪いなあ、この人…と、冬一郎は気が重くなった。欧米人ってのは、みんなもっとフレンドリーかと思ったのに。
さっそく話題がつき、冬一郎は手持ち無沙汰に、辺りを眺めた。なぜか、自然と目がファミリー客の方に向いてしまう。
あそこは、小さな子供が2人。標準的な日本人家族だな。できることならあっちの普通の世界に行きたい。僕がもし、あの家族の、パパならーー
「迷子にでもなったのか」
急にミカエルが聞いた。
「え?」
「店がでかいから、迷子にでもなったのか、と聞いたんだ」
繰り返しながら、ミカエルはふいにこちらを睨んだ。冴えた淡いブルーの目に鋭く射られて、冬一郎は思わずドキリとした。
「お前、ベンと家具を見に来たんだろ。なぜベンが一人なのか、俺は不思議だったんだぜ」
「あ、ああ…」
冬一郎は、とっさになんと言ってよいものかわからなかったので、正直に答えた。
「迷ったんじゃ、ありません。ベンがサンプルのベッドで本気で眠るのが恥ずかしかったものだから、放っておくことにしたんです」
ミカエルは、冬一郎の答えがよほど気に入らなかったとみえる。眉根を寄せて顔をしかめ、ふん、と不機嫌に鼻を鳴らして、
「ベンを放る?周りが気になるからって、ベンを見捨てて、知らないフリしたってのか、お前。冷たい野郎だな。信じられないぜ」と言った。
それきり、彼はまたそっぽ向いて、コーヒーに戻ってしまった。
ーーあれ…。僕、嫌われたのだろうか。