スウェディッシュミートボールとベッド、その6

2021/01/19

チーズフォンデュクラブストーリー

「迷ったんじゃ、ありません。ベンがサンプルのベッドで本気で眠るのが恥ずかしかったものだから、放っておくことにしたんです」

ミカエルは、冬一郎の答えがよほど気に入らなかったとみえる。眉根を寄せて顔をしかめ、ふん、と不機嫌に鼻を鳴らして、

「ベンを放る?周りが気になるからって、ベンを見捨てて、知らないフリしたってのか、お前。冷たい野郎だな。信じられないぜ」と言った。

それきり、彼はまたそっぽ向いて、コーヒーに戻ってしまった。

ーーあれ…。僕、嫌われたのだろうか。

冬一郎は急にとても心配になった。相手は無愛想を通り越して不躾な上、ひどく感じが悪かったが、冬一郎はなぜか、彼に嫌われたくない、と強く思った。

それに、よく考えれば、ミカエルさんの言う通りなんじゃあ、ないだろうか。

そういえば今日は僕は、ベンと一緒に使う家具を探しに来たのだった。
ベンの行動は非常識だけど、ある意味とても一生懸命、ベッドを吟味して、僕らの目的のために努力していたとも言える。……僕の方は、どうだろう。彼に協力していただろうか。
 
『ベンを見捨てて知らないフリをしたしたってのか、お前?』
 
……確かにそうだ、僕は、ベンを人々の嘲笑の中に残して、一人で、逃げたのではないか。恋人だというのに他人のふりをしたのだ。ひどいことだ。その上、二人で使うのとは全然関係のない、子供部屋コーナーなんかで時間を潰して、自分が普通に結婚できない、という誰のせいでもないことに対して怒り、勝手に周囲に嫉妬して怒っている。ベンのことは、全然、考えていない。
それに比べて、ミカエルはどうだろう。
彼はただ、スウェーデン料理が恋しくてぶらりと来ただけらしい。そうしたら、親友が一人で、日本人客から笑われているのを目にした。だから彼はベンを庇って、自分が買うわけでもないのに、一緒になってベッドを探してくれていたのである。
 
ーー僕なんかより、彼の方がよっぽど、優しいや。
 
冬一郎は改めてミカエルの方を眺めた。レストランの広々した空間の取り方や、北欧サイズのソファは、彼の大きな身体にしっくりと合っていて、狭い日本仕様の建物内で会った時より、ミカエルの姿はかえって立派に映えてみえた。
高い窓から差し込む光が金色の髪に当たって、キラキラしている。
前は背の高さからくる威圧感ばかりが気になって分からなかったけれど、こうしてみると彼は、なんて、美しい人間、だろうか…。
冬一郎がぼんやりそんなことを思った時、ベンが、カートにたくさんの食事を運んで戻ってきた。
トレイの上には、パン、コーヒー、じゃがいも、それに、山盛りのミートボール。
 
「みんなでシェアしよう」ベンがにっこりと提案した。
 
「冬一郎ちゃんは、スウェーデン料理は食べるの初めてだろう?ミカちゃん、彼にいろいろ教えてあげてくれよ」
 
「ーーさあ、どうするかな」
 
ミカエルはテーブルに料理を並べながら、冗談めかした調子で答えた。
 
「君の頼みだっていうんなら、教えてやらないでも、ないぜ。なにせフォークってやつは、使い方がひどく難しいからなあ」
 
日本人が、箸の使える外国人をやたら褒めたがるのを皮肉ったジョークなのであろう。
いひひ、とベンはいたずらに笑い、冬一郎も今度ばかりは少し面白くなって笑った。
 
ーーあ、やっと、ミカエルさんと対話できたや。
 
冬一郎は嬉しく思った。そして三人はフォークを握り、ミートボールを分け合って、腹がいっぱいになるまでたらふく食べた。
 
チーズフォンデュクラブ
 
スウェーデン料理はどれもとても美味しく、驚くほど冬一郎の口に合った。冬一郎はもう、他のファミリー客のことなど、気にしたりしなかった。甘酸っぱいリンゴンベリーを肉に添えることや、じゃがいものおいしさについて、ベンとミカエルとたくさん話し合った。
 
ーーあの日、口いっぱいに頬張った初めてのスウェディッシュミートボールの味と、昨晩ミカエルが作ってくれたスウェディッシュミートボールの、優しく柔らかい味と。
あの日と同じ巨大ベッドで、あの時のように仲良く眠りこけるベンとミカエルを眺めながら、冬一郎はしばし、思い出にふけった。
そのあと、朝食の準備をしなければ、と、寝室を後にした。
 
 
ドアが静かに閉まり、冬一郎の足音が聞こえなくなるのを待って、ベッドの上のミカエルはゆっくり瞼を開けた。
すぐ目の前で、ベンが眠っている。微笑むような、安らかな表情。額と眉にかかった優しい巻き毛。薄ら明るい朝の光の中で、ミカエルは息を殺し、瞬き一つせずベンを見つめた。
 
ーー何か、問題か?
 
彼は自問した。
 
ーー何か悪いのか?
 
俺は、ただ、ベンを支えている、それだけじゃないか。彼は天才なんだ、誰かがサポートしなければ、せっかくの彼の才能が台無しになる。冬一郎のヤツが力不足なのは、明らかだ。あいつは、ベンの仕事を理解できる脳みそを持っていないし、ロンの世話だけでいっぱいいっぱいで、自身の健康すら守れていない。ベンのことは、見てもないではないか。ベンの助けになれる人間は俺の他にない、だから、俺はーー俺は、こうして彼の横にいて、いいはずなんだ。

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