バレンタインデーにアメリカ人とデートした時の話、1

2021/01/22

漫画

バレンタインデーに同性のアメリカ人とデートした時の話


冬一郎は、毎年、バレンタインデーが近づくと思い出して、死ぬほど恥ずかしい気持ちになることがある。

あれはベンと付き合って数か月、彼の奇行にも、少しは慣れたころだっただろうか。たまたま2月の14日の夜に、彼と会う約束をしたのだ。

当時の冬一郎は、バレンタインデーには何の関心もなかった。

クラスメイトや同僚の女性から義理チョコをもらうことはあったが、その何のまごころも感じない些細な菓子の差し入れのことを、ホワイトデーまで1ヶ月ものあいだ忘れずにいないとならないのは、正直しんどい話だと感じていた。かといって万が一、心のこもったチョコをもらってしまった場合も、冬一郎は相手の女性にどう説明すべきか、死ぬほど困るわけでーー要は、バレンタインは迷惑な日でしかないので、早く無くなってほしいというか、せめて無関心でいい、というスタンスでいたのだ。

だが。

「冬一郎ちゃん、待った?」

例のごとく時間にルーズなベンが1時間遅れで現れた時、やれやれと思いながら冬一郎が本から顔を上げると、そこには、一瞬、誰?と戸惑うほど思いっきりドレスアップしたアメリカ人が、花束を持って立っていたのである。

「Happy Valentine's Day! 遅刻してごめんね!」

「ち、遅刻は、いいけど…」

冬一郎は思い切り面食らって、思わずどもった。

「何、その格好。どしたの?」

すると、ベンはえへへと照れたように笑った。

「どうだい?似合うかな。いつもと全然違うだろう?マリちゃんに監修してもらったんだ!」

イタリア人のマリオは、ベンの親友の1人である。冬一郎もすでに顔見知りであった。マリオは、ベンと違ってとてもファッショナブルで、いつ見ても襟のついたドレスシャツを着ているか、そうでなくても何となく仕立ての良いものを着ている。ベンの方は、だぶっとした大きめのトレーナーにジーンズが定番だ。アメリカ人らしい実に気楽な格好である。冬一郎はよく二人を見比べて、イタリアの人は食べ物にもこだわるけど、着るものにもちゃんと注意を払うんだなあと感心していたものである。

「これからデートに行くんだってマリちゃんに話したらさ、『そんなよれよれのシャツで出てく気か!少しは鏡ってもんをみろ、このアメリカ人が!』って怒られちゃったのさ。だから、シャツもコートも全部貸してもらったんだ。少し窮屈だけど、やっぱりセンスのいい服ってのは何か違うんだな」

冬一郎自身は、ベン同様、服のセンスはまったくない。考えるのも面倒なので、上から下まで全部ユニクロか無印で買い、いつもほぼ同じ格好で過ごしている。古くても気にならないので、高校生の時買ったダッフルコートを未だに使用していた。ベンは彼のくたびれたコートを見て、

「冬一郎ちゃんは、普段通りだね」とやや不満そうにコメントした。

「え?ご、ごめん…」

反射的に謝ったものの、なぜ謝らなければならないのかは、分からなかった。冬一郎は聞いた。

「いや、あのさ、ベン。君、普段なら、誰が何を言おうが、ジーンズを履き替えるなんてこと、絶対しないだろ。なんで今日は、そんなに気合い入れた格好してきたんだ?」

「なに言っているんだよ?バレンタインデーじゃないか」

ベンが答えた。

「今日デートするって言ったら、気合を入れるに決まってるよ。一年で一番ロマンチックな、恋人たちの日なんだから」

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