前回(バレンタインにアメリカ人とデートした時の話、その1)
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「ああ、そっか」
何やらまごついている様子の冬一郎をみて、ベンは言った。
「そういえば、日本のバレンタインは、ちょっと違うんだったよね!日本語の授業で習ったよ。ええと、なんだっけ、みんなでチョコを交換して食べる日なんだっけ?」
「うん、まあ…そんなとこ、かな」
冬一郎はやや曖昧に答えた。
「日本ではさ、女性が、意中の男性にチョコレートをプレゼントすることで告白できる日ってことになってるんだよ。だけど、ややこしいことに、別に好きじゃない男性にも義理であげたりするし、最近では友達同士や家族にあげたりもするらしいし、単に女性がチョコレートを楽しむ日になってるみたいだな」
「ふーん。風習としては面白いね」ベンが言った。
「でも妙な話だ。俺には、思いきり女性に不利なシステムのように思えるね。女性ばかりがプレゼントして、男は何もしないなんてさ。第一、女性がみんなこの日に一斉に告白するとしたら、男側はいっぺんに選べてとても便利だけれど、女性側は必然的にライバルと競争になるから、明らかに不都合だ。恋愛は先手必勝だろ? 年に一度しかない日なんか待ってないで、好きな相手には即刻アプローチすべきじゃないか。うん、どう考えても男側に有利な、不公平なシステムだ」
へー、新しい見方だな、と冬一郎は内心思った。僕はそんな風に考えたことはなかった。バレンタインなんて、女性ばかり好き勝手やって楽しんで、男は弄ばれて損だけするようなイメージだったのに。
「えっと、でもさ、男は、バレンタインにチョコレートをもらったら、1か月後のホワイトデーっていう日にプレゼントを返すんだ。だから、もらいっぱなしってわけじゃないんだよ…」
冬一郎はなにやら弁解じみた調子で説明しながら、ベンの抱える花束を、横目にちらと盗み見た。なるべく気が付かないふりをしたかったが、それでどこまで持ちこたえられるだろうか。
「そのさ、アメリカでは、バレンタインデーの風習はずいぶん違うのか?君の説明の感じじゃあ、ホワイトデーという風習は、そっちには無いみたいだな。男も女も関係なく、バレンタインデーにチョコレートを贈って、告白するのかい?」
「チョコである必要は全くないよ!」ベンは快活に答えた。
「バレンタインは別に『告白の日』じゃなくて、ロマンチックな愛の日なんだ。男でも女でも、愛する人のために何かすればいいのさ。高級なレストランでデートするとか、美しいものをプレゼントをするとか。1番ポピュラーなのは、愛のメッセージを書いたカードや、花束を贈ることだよ。だからさ、今夜はこれから、一緒にいつもより高級なレストランに行こうよ!そして、これは、君のために」
ベンは少しだけ照れたような笑みを浮かべ、花束をぐいとこちらに差し出してきた。恐れていた状況がついに訪れ、冬一郎は、無邪気な相手の顔と、目の前の大きな花束とを、ただただ交互に見つめた。この状況、どうやって切り抜けたらいいのだろう。
「…気持ちは、嬉しいよ、ベン。でも、いつ言おうか、迷っていたんだけど…」
口ごもりつつ、冬一郎は、仕方なく花束を受け取った。すぐにでも墓か仏壇に供えて手を合わせたくなるような、大輪の菊の花である。
「これさ…仏花、なんだけど…まさかこれを僕、今夜のデート中、持ち歩くわけなのかい?」
「日本的できれいだろう?」ベンはにっこり答えた。
「花屋さんで君に1番似合いそうなの選んだんだよ!」
ーーなるほど、それも新しい視点だ、と冬一郎は思った。仏花は、アメリカ人の君からはそんな風に見えるのか。日本人の恋人にあげるなら、普通のバラなんかより和の花が良いに決まってる!ってことなんだな。
自分も同じだが、ベンはきっと花のことなど、全然分かっていはしない。しかし、特別な「愛の日」だからと、ロマンチックな雰囲気を出したくてわざわざ花屋に出向いたのだろう。本音を言えば、今すぐ、花束を放り出して逃げたいくらいだが、ベンの気持ちは、むげに出来ない。しかたあるまい。
「ありがとう、ベン」冬一郎はついに腹をくくった。
「嬉しいよ。…食事に、行こうか」
この頃、冬一郎はまだ、街中で目立つことに慣れていなかった。
そもそも花を持って歩くだけで恥ずかしいというのに。
男2人で、デート向けのお洒落なレストランに入ろうというだけで、相当の勇気がいるというのに。
体格の良い外国人の隣に立つだけで、自分が小さく、みすぼらしく感じるのに。
その外国人はばっちりお洒落にめかし込んでいて、自分はボロボロの古いコートを羽織ってて。その上、墓参り行くみたいな仏花を抱えてる。
死ぬほど、恥ずかしい。まるで公開処刑だ。
それでも冬一郎は、ベンに従ってゆりかもめに乗り、お台場まで行ってレストランで食事したのである。
冬一郎にとっては、一生忘れられないバレンタインの思い出だ。