最高のパンケーキ、その2

2021/07/11

チーズフォンデュクラブストーリー 漫画

パンケーキの話の続きです。

ミカさんが家に帰ってきたとき、僕は、テーブルに肘ついて、向こうのソファに寝かせたロンの可愛い寝顔を、ぼんやり眺めていました。部屋には焦げたにおいが漂っていました。ミカさんは少し鼻にシワを寄せて、「どうした?」と聞きました。

パンカーカ作ろうとして、オーブンを真っ黒にしたんです」

僕は答えました。

「何だか疲れて、やり直す気力が出なくて。ロンに別の冷蔵庫の残り物を食べさせて寝かすだけで、精一杯でした。だから、すみません、ミカさん。夕飯、何も用意できてないです」

「別にいいさ。謝る必要ないだろう。料理が失敗するなんて、よくある事さ」

優しいミカさんは、そう言って慰めてくれてから、リビングを見渡し、

「ベンは? 今日は早く帰ったはずだぜ」と聞きました。

「ええと…外の、カフェかどこかへ、食べに行ったんだと思います」

「一人でか?」

「…はい」

「お前とロンはなぜ一緒にいかなかったんだ?」

「……」

ミカさんの視線がじっと僕の方に注がれるのを感じました。僕は下を向きました。

「ベンと喧嘩したか?」

「してないですよ、喧嘩なんか」

「お前、隠し事には向いてない性格だぜ、冬一郎」

ミカさんはどかりと僕の真ん前の椅子に腰掛けました。僕は務めて、何も考えるまいとしました。彼を真正面から見たりしたら、また顔が赤くなりそうで、とても怖かったのです。

「何があったんだ。教えろよ」

「……」

まさかミカさん自身が絡んでるなんて、言えるはずもなく、僕は困りました。

「えっと…その…パンケーキは食べたくないって、ベンが言って。それでその、僕が、そんなに嫌なら、一人で外で別のもの食えって言ったから、その…」

ふうん、とミカさんは、あまり納得しない感じにうなりました。僕は焦るあまり、話をごまかそうとしました。

「まったく、ベンのやつ。ちょっとパンケーキメニューが続いたのは確かだけど、文句言うくらいなら、家族のために何か別のもの作ってくれたっていいのに。わがままなんだから、頭にきますよ」

そんなふうに文句言いながら、僕はますます自分が嫌いになって、落ち込んだ気持ちになりました。本当は僕が悪いのに、ぜんぶベンのせいにしようとしてる。僕は、最低なやつだ。

ミカさんはやはり納得しないみたいでした。

「それはおかしいな。パンケーキはベンの大好物のはずなんだが。俺とベンは、学生の頃、しばらくパンケーキだけで生きてた時期があるぜ」

「それは、きっと、ミカさんのパンケーキがおいしいからですよ。僕のパンケーキは、妙ちくりんでクソ不味いって、ベン、言ってましたから。いつも、我慢して食べてたらしいです」

「ーーベンが、そう言ったのか?」

ミカさんは驚いたように目を見開きました。僕は、その瞳のブルーについ意識を吸い込まれながら、小さく頷きました。一瞬、ミカさんの顔に、何か喜びのような強い光が走ったような気がしましたーーが、はっとしてもう一度見れば、彼はいつもの、やや無表情気味なポーカーフェースでした。

「まあ、パンケーキってのは、シンプルな分、好みが分かれやすいよな」

ミカさんは肩をすくめると立ち上がりました。

「たかがパンケーキ、されどパンケーキさ。日本人も、みそ汁の濃度やら、具を何にするかやらで、こだわりがあったりするんだろ? 俺たちも、パンケーキの粉の配合の少しの差や焼き方に、それぞれ譲れないもんがあるのさ」

「ミカさん、どこ行くんです?」

「ベンを探してくる。お前も腹減ってるなら、何か食いもの買ってきてやるぜ、冬一郎」

ええと…ありがとうございます、と、僕は口の中でもごもご呟きました。


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