バナナズ・フォスター、その2 (マリトッツィ、1)

2021/09/01

チーズフォンデュクラブストーリー

 バナナズ・フォスター1の続きです。

これまでの話。ナタリアさんに付き添われ、僕はコンビニ内でベンの誕生日祝いになりそうなものを探すことになりました。


「コンビニでロマンチックな誕生日祝いなんて見つけられっこ無いですよ」僕はボヤきました。
「コンビニスイーツがバースデーケーキ代わりなんて、手抜きすぎるじゃないですか。ベンを余計に怒らせてしまう」
「黙んなさいよ」ナタリアさんはピシャリと言いました。
「パートナーの誕生日忘れてたあんたが悪いんでしょ!何とかするほかないわよ、グズグス言わないでしっかりなさいよ、男のくせに!ーー何よ、これ禁句なの?」
僕が半べそかいてるのをみて、ナタリアさんも少しだけ語気を和らげてくれました。
「大丈夫よ、冬一郎。ほら、ベンがいつも言ってるじゃない?東京のコンビニでは、大抵の探し物が見つかるんだ、って。ね。あんた達初めて出会ったの、コンビニなんでしょ?『俺は本物の愛だってコンビニで見つけちゃったのさ』って、ベンからもう何度も聞かされてんのよ、私」
「すいません。ベンのやつが、変な話ばかりしてるみたいで」
「あら、私は楽しんで聞いてるわよ。ベンったら、あんたのこと話す時、ニコニコしてとっても可愛いものね。ほら、元気出して頑張りなさいよ。とりあえずビールは買うでしょ?ベン、ビール大好きだもんね」
「ええ…でも、誕生日なら、もうちょっと高いお酒がいいな。ここのコンビニ、結構お酒を置いてるんですよ。元が、酒屋さんだったみたいで」
モゴモゴ言いながら、僕はお酒のコーナーに行き、ボトルを物色しました。すると、ワインなどの瓶がきれいに並んでいました。うん、これならまあ、少しはロマンチックと言えるかもしれない。僕は、ちょっとだけ気力がわいてきました。
「赤ワインはどうかな…ベンも普通に好きだし、僕が何かワインに合うパスタを、あり合わせの材料で手早く作ってあげられるかもしれないし。そしたら、喜んでくれるかな」
「いいわね、その調子よ。あんた、マリオ君にイタリア料理習ってるんだっけ?」
はい、一応、と僕は苦笑いしました。僕は、ベンの大親友のマリさんにお願いして、イタリア料理を教えてもらっています。が、彼は食べ物に関しては大変厳しくて、僕は叱られてばかりなのです。しかも実言うとマリさん自身は、あまり自炊しないときています。彼の食生活は外食がメインで、朝食から夕飯まで家では食べないことの方が多いそうーーしかるに、彼の舌にかなうレストランというのはなかなかありません。僕とベンが度々通っていたイタリアンレストランも、「あんなのはイタリア料理じゃねえ!」と、行くのを禁止されてしまいました。そんなマリさんは、しょっちゅう僕らのうちに来ては、ダメ出ししながら僕やベンやミカさんの料理を食べていきます。それで、いつもミカさんから「タダ飯食いのクソイタ公」と怒られているのです。
ーーあれ、そういえば、ミカさん…。

僕はふと不思議に思いました。

ミカさんは、今日がベンの誕生日だと、分かってたんだろうか。

まさかミカさんまで、忘れていたなんてことはーーいや、そんなわけはない。ミカさんはいつだって、ベンのことをものすごく気にかけているのだから。だけど彼、昨日も、今朝も、誕生日のたの字も口にしなかったーーむしろ、どことなく機嫌さえ悪かった、ような。
「冬一郎?冬一郎、ちょっと。あんた、聞いてる?」
ハッとして顔を上げると、ナタリアさんが僕に話しかけていました。手には、丸いシュークリームのような菓子パンのパックを2つ持っています。
「見て、これなんかどう?イタリアのデザートって書いてあるわ。イタリア料理を作るなら、ちょうどいいんじゃない?」
「マリトッツオですね」
僕は受け取りながら答えました。
「あ、違う、マリトッツイか。2つですから、複数形にしないとーーこれ言い間違えただけで、マリさんにまた、こっぴどく怒られるんですよ、僕」
「大変ね」ナタリアさんは笑いました。「料理だけじゃなくて、イタリア語までマリオ君に教えられてるの?」
「ええ、まあ。この間なんて僕、彼の目の前で、女性に対してブラーヴォと言っちゃったので(正しくはブラーヴァ)、絞め殺されそうになりましたよ。あ、そうそう、このマリトッツオって、実は、イタリア語で『夫』という意味なんですよ。昔、男性から婚約者の女性への贈り物にされたんだそうです。中に指輪を隠したりして」
「へえ!なにそれ、すごくロマンチックじゃない!」
僕のトリビア的な話に、ナタリアさんはいたく喜び、手を叩きました。
「決まり!それで決まりよ、冬一郎!これ買って帰って、一緒に食べながら今の話をベンにしてあげなさいよ。あんたたち両方とも『夫』なんだから、マリトッツイ2つでピッタリね(ドゥエ・マリトッツイ)!」
「はは…そうですね、ありがとうございます」

続きます

QooQ