バナナズ・フォスター その7(プッタネスカ、2)

2021/09/29

チーズフォンデュクラブストーリー

バナナズ・フォスターの話の続きです。

☆アダルトな内容の話が含まれますので大人の方のみお読みください。



これまでの話。僕とベンは「スパゲティプッタネスカ」を真夜中に食べながら会話しています。前回「バナナズ・フォスター6


「やめてくれよ」僕は恨めしくなって、ベンを睨みました。

「僕はただ、この料理で君に喜んで欲しいと思ってーーその、変な意味じゃなく、普通に美味しいって喜んでほしくて作ったんだよ。妙な勘違いしないでくれよ」

「怒ることないじゃないか、冬一郎ちゃん。君はさあ、なぜ、セックスに対してそう消極的なんだい」

ベンは唇を突き出し、悲しむような拗ねたような顔になりました。

「いい加減、もっとオープンになってくれてもいいと思うんだよな。正直言うとさ、俺、今のままでは不満なんだーー今夜はせっかく2人きりなんだし、ちゃんと話さないか?」

ああ、うん、別にそれはいいけど、と僕は返事を濁しました。自分に部が悪い話題と分かっているので、できれば避けたいというか、あまり考えたくなかったのです。僕はスパゲティを咀嚼しながら目を泳がせて、壁の時計を見ました。

「えっとーーミカさんとロンは、いつ帰ってくるのかな」

「今夜は一晩、ミカちゃんのマンションでロンの面倒みてくれるように頼んだんだ。だから、朝まで、まだ時間はたっぷりあるさ」

それじゃ、いよいよ逃げられないな。僕はため息をつきました。

「ロン、あまり泣いてないといいけどな。ミカさんに迷惑かけたくないからーー」

「彼が俺たちの所に住み込んでるこの状態で、今更、迷惑もなにもないだろ」

「まあ、その。そうだね」

僕はますます居心地が悪くて、椅子の上でもぞもぞしました。が、ついに諦めてフォークを置きました。

「なあベン、ミカさんはーーそのさ、彼はさ、僕らがその、今夜一晩何してたか、きっと分かってるよな」

「そりゃそうさ」ベンはあっさり頷きました。

「問題はそこだよな。俺たちはカップルなんだから、セックスするのは当然のことだろ。それなのになぜ、一々、友達に気を使わないとならない羽目に陥ってるのかなあ。実際、俺、今朝ミカちゃんに『誕生日の願い事はあるか?』って聞かれて、『冬一郎ちゃんと2人きりにして欲しい』って本音で答えちゃったわけなんだけどーーミカちゃん、やたら狼狽えてたっていうか、なんか凹んでたんだよな。ひょっとすると、俺の誕生日パーティーを企画してくれてたのかもね。馬鹿だよなあ、俺。大失敗のバースデー・ウィッシュだったよ。だって君はちっとも帰ってきやしないしさ、代わりにマリちゃんやナッちゃんたちがプレゼント持って押しかけてきてさーーミカちゃんにロンを押し付けて追い出しちゃった手前、他の友達を家にあげて騒ぐわけにはいかないだろ。みんなのこと追い返すの、大変だったんだ」

「う…」

僕は頭が痛くなって、思わず呻きました。

「それ、つまり、僕らはミカさんのみならず、マリさんやナタリアさんやラジャさんにも、今夜ヤリますって宣言してまわったも同然ってことなのか」

「ラジャ? まさか、なぜラジャなんか。あのタバスコ野郎が、俺の誕生日を祝いに来るわけないだろ」

「え?あ、ああ…うん」

僕はとっさに誤魔化しました。ベンは訝しげに顔をしかめました。彼はいまだにラジャさんに気を許していないようで、『タバスコ野郎』などと失礼なあだ名で呼ぶことをやめようとしません。普段なら僕はこんな時、ベンのラジャさんへの無礼を咎めるところなのですが、今夜のところは、ベンの機嫌をこれ以上損ねないよう、ラジャさんのことには触れないようにしようと決めました。

「あのさ、ベン」僕は努めて、理解ある調子で言いました。

「君の言いたいことはよくわかったよ。誕生日なのに、すごく大変だったんだな。さっきも謝ったように、僕が悪かったよ。本当にごめんよ。これからは、記念日とかには、なるべくちゃんと君と2人の時間を確保するようにするから」

「記念日だけじゃあ嫌だ」ベンはきっぱり言いました。

「俺は毎日したいんだ」

「無茶言うなって」

「じゃあせめて週に2回はしたい」

「ロンの夜泣きが治らない限り、無理だよ」

「なら、曜日を決めて、今夜みたいにミカちゃんにロンの面倒を見てもらおう」

「じ、冗談じゃない!そんなことできないよ。本気で言ってるとしたら、君、それは問題だぞ」

「じゃあ何だ!俺とのセックスレスは問題じゃないって君は言うんだな!」

ベンが声を荒らげたことで、真夜中の話し合いは結局、とても険悪な感じになってしまいました。皿に残ったプッタネスカのソースをフォークで忌々しげに集めながら、彼は僕を睨みました。僕は、込み上げる怒りを我慢して、立ち上がりました。

「どこ行くんだよ」ベンがつっかかりました。「戻ってこいよ。話は終わってないだろ、冬一郎」

「君と喧嘩したくないんだ」

僕はそう言い残して、足早にダイニングを後にし、玄関に向かいました。夜風に当たって頭を冷やしたい(要は、逃げたい)と思ったのです。後ろで、ベンが怒って何か罵っている声が聞こえていました。

家を出ようとドアノブに手をかけ、僕はしかし、一瞬ためらって振り向きました。このまま、ベンを一人置き去りにするのは、さすがに卑怯すぎるというか、後で後悔するという気がしたのです。

その時、廊下の脇に放ったらかしになっている、コンビニの袋が目にとまりました。

ーーあ。

バナナ。

『ロマンチックな夜になりますよ』

急に僕は、ラジャさんの頼もしい声を聞いたように思いました。

それに、ナタリアさんの声も。

『最低よ。ロマンチックな気持ちのかけらも持とうとしないのよね』

ああ…。

このままじゃ、やっぱりダメだ。

僕は、一度深く深呼吸してから、再び靴を脱ぎ、コンビニバナナの袋を拾いあげました。


続きます

プッタネスカのレシピ

バナナズ・フォスターシリーズ、1

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